【1990年代…カラーコンタクトが流行り始めたキッカケとは?】

今や、カラーコンタクトは、
すっかり市民権を得て、定着した観が有りますが、
では、そもそも、カラーコンタクトが流行り始めたのは、いつ頃だったのでしょうか?
私見によれば、
それは、1990年代の後半頃からだったのではないかと思われます。
カラーコンタクトが流行り始めたキッカケは、やはり、テレビからだったのですが、
まず、当時、チェッカーズを解散した直後、
ソロ活動を始めたばかりの時期であった、藤井フミヤが、
心機一転という意味合いも有ったのか、
カラーコンタクトを着用していました。
後年の、藤井フミヤ自身の回想によると、
実は、片目だけ、カラーコンタクトを着けていた、との事ですが、
ともかく、人気者の藤井フミヤのカラーコンタクトは、強いインパクトを残しました。
特に、藤井フミヤのソロ曲である、『タイムマシーン』という曲では、
カラーコンタクトを着けた姿で、テレビCMに出演したりして、鮮烈な印象が有ったものです。
人気アーティストである、彼のカラーコンタクト着用は、
世間の、カラーコンタクトの普及に対して、
一役買っていた事は、間違い無いでしょう。
そして、当時、人気を博したテレビドラマでも、
主演を張っていた俳優、女優が、カラーコンタクトを着用していて、話題を集めていました。
その一つは、『銀狼怪奇ファイル』で、主演は堂本光一、
もう一つは、『闇のパープルアイ』で、主演は雛形あきこでしたが、
いずれも、主人公の妖しい魅力と、破天荒な展開によって、高視聴率を誇っていた、人気作品です。
これらのドラマに共通していたのが、
それぞれの主演の、堂本光一、雛形あきこが、
主人公のキャラ付けのためもあり、カラーコンタクトを着用していた、という事だったのです。
いずれも、大人気を博したドラマだっただけに、
世間に与えたインパクトも、強烈な物が有りましたが、
私は、これらのドラマの大ヒットが、
カラーコンタクトの普及に対して果たした役割は、かなり大きいものであったと思います。
カラーコンタ、テレビが作り出した物である、と言っても過言ではありません。
そう考えると、とても面白いですね。